投資に対するネガティブ認識

雑記

将来に向けた資産形成や配当や家賃による毎月のCFで早期のセミリタイアを目指す方々にとって投資は必要不可欠です。

年功序列型、終身雇用制度が未だに残る日本社会において、賃金は能力では無く、勤続年数で決まります。

そのため投資による別の収入源確保が重要になってきます。

しかし日本では長らく株価の上昇も無く、配当もすぐ減配、無配になるといったところからキャピタルゲインもインカムゲインも得られない状況がありました。

また不動産においても人口減少という中で積極的に不動産を所有しようという方は減っています。

私もこれまで株式投資の話を耳にするはありましたが、確かにネガティブな認識を持つ方が多く、特に会社の年長者はその傾向が強かったです。

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危険を回避する方が大事

人間含め生物が生き残るためには危険をより早く察知する必要がありました。そのため認識の最優先順位は危険察知であり、快楽などはその次でした。

むしろ危険よりも快楽を優先する個体は生き残れなかったと言った方が正しいかもしれません。

こういった情報が遺伝子に記録されていた個体の子孫である私達にももちろん快楽より危険を察知し回避しろという本能が働きます。

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日本社会における投資回避

なぜか不労で得た賃金は楽して稼いで卑怯という認識をもたれています。

そのため投資で儲けた話を会社ですると、集団内において外れもの扱いされてしまいます。

ムラ社会の性格が残る古い企業なら特にそうです。

そのため儲けた話は外には出てきません。

しかしネタとして投資で失敗した話をする方はよくいます。

先日も職場の上職の方が若いころ株で1,000万円負けた、投資は止めた方がいいよと若い方にアドバイス(?)していました。

こうした身近な失敗談と世の中で大勝ちしている投資家の成功談の両端しか情報として入ってこないので、投資は再現性の無い運頼み、つまり投資=ギャンブルという感覚が蔓延ってしまっているのです。

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何もしない事による危険の欠如

投下した資金を全て失うくらいなら投資はしないと考えるのは当然でしょう。

しかしその結果に至るまでにおいて多くの思考と判断をスキップしてしまっています。

投下資金を全て、もしくは大半を失うとは相当の勉強不足です。

しかしこのようなネガティブな情報の方がより広く拡散されるのも事実です。

そうなると銀行預金か現金保管になります。

こうしてピケティ氏が「 21世紀の資本 」で説明した

  r > g

のように投資している方との差は時間を追うごとに大きくなる一方です。

さらにインフレ率よりも低い利率での預金、もしくは現金保管により、毎年お金の価値は相対的に減り続け、結局は“損”をすることになります。

この損失は年単位での時間が流れている間に起こるのでなかなか実感できないため厄介ですが、避け続けた損を自ら招き入れることになるのです。

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