一般的にサラリーマンの方は週休二日制ですので週に5日間は働いているという事になります。
家族を養うためだったり、将来のためだったり、趣味のためだったりと、目的は人によって異なりますが、稼がなければいけない理由をみんなが持っています。
その目的達成に向け、不労所得含めいくつか手段があると思いますが、ほとんどの方は労働力の提供に全力です。
はなぜでしょうか。
働かなくてもお金は稼げる
投資をしておらず、他に収入源が無い方は自身の労働力を市場に提供し、その対価としてお金を受け取ります。
つまり週5日間で会社に行き働く必要があります。
一方3億円持っている方がいるとしましょう。羨ましいですね。
この方が投資したとします。
税引き後利回りは3.5%とします。
すると年間1,050万円ものお金が勝手に口座に入ってきます。
世間でいう年収1,000万円とは羨望の対象であり、人生の成功と考える人もいるでしょう。
これが何もしなくても、極端な話寝ていても入ってくるのです。
これはお金が市場で働いてお金を稼いできてくれる、言わば分身のおかげです。
この間自身は何しなくても年間1,000万円以上もらえるのです。
実際に企業のオーナーで経営を兼ねている方などは
「給料はいらない、無給で働きます。」
という方もいらっしゃいますが、貯金を切り崩して生活をしようという訳ではありません。
持っている株式から毎年莫大な配当が入ってくるからです。
例えばソフトバンクの孫氏やユニクロの柳井氏は年間で100億円以上の配当収入を得ています。
彼らは経営者であるため、第一線にいますが、今仕事を辞めたとしても配当収入は止まりません。
働くことが美徳という考え
社会には勤労を美徳とする考え方が根強いです。
「働かざる者食うべからず」
多くの方聞いた事のある言葉だと思います。
私も小学校の頃から親や教師が口を酸っぱく何度も言っていた事を聞いた覚えがあります。
またテレビ番組でもそのような言葉と聞いた覚えがあります。
働かずにお金をもらいたいと言うと、如何にも世の中を舐めた人間という烙印を押されてしまう雰囲気がありました。それは今も同じですが。
そのため子供のころはみな働かずにお金をもらいたいと思っていたのに徐々にその代償としての労働を受け入れるようになります。
つまり皆が働いて収入を得ているのに自分は働かないのにお金をもらう=ずるい、不平等ということになります。
この考えが潜在的に存在するため、お金をもらうため=労働という考えを無条件に正当化してしまっているのです。
お金に色はない
どんな方法で稼いだお金でも1円は1円、100万円は100万円の価値があり、何一つ変わらないということです。自身の労働で稼いだお金だろうが、投資して得た配当金だろうが、価値は変わりません。
私たちが必要なのはお金の持つ価値です。
資本主義社会においてはある一定以上の割合で労働者が必要となるので、資本家側からなるべく労働者は労働者のままにしておきたいものです。
そのため「働かざる者食うべからず」といった言葉が労働者間で美徳とされるのは非常に都合が良いでしょう。
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